| 「自由思想の内容は、その時、その時で全く違うものだと言っていいだろう。真理を追及して闘った天才たちは、ことごとく自由思想家だと言える。わしなんかは、自由思想の本家本元は、キリストだとさえ考えている。思い煩うな、空飛ぶ鳥を見よ、播かず、刈らず、蔵に収めず、なんてのは素晴らしい自由思想じゃないか。わしは西洋の思想は、すべてキリストの精神を基底にして、或いはそれを敷衍し、或いはそれを卑近にし、或いはそれを懐疑し、人さまざまの諸説があっても結局、聖書一巻にむすびついていると思う。科学でさえ、それと無関係ではないのだ。」 中略 「日本に於いて今さら昨日の軍閥官僚を攻撃したって、それはもう自由思想ではない。便乗思想である。真の自由思想家なら、いまこそ何を置いても叫ばなければならぬ事がある。」 「な、なんですか? 何を叫んだらいいのです。」かっぽれは、あわてふためいて質問した。 「わかっているじゃないか。」と言って、越後獅子はきちんと正坐し、「天皇陛下万歳! この叫びだ。昨日までは古かった。しかし、今日に於いては最も新しい自由思想だ。十年前の自由と、今日の自由とその内容が違うとはこの事だ。それはもはや、神秘主義ではない。人間の本然の愛だ。今日の真の自由思想家は、この叫びのもとに死すべきだ。アメリカは自由の国だと聞いている。必ずや、日本のこの自由の叫びを認めてくれるに違いない。わしがいま病気で無かったらなあ、いまこそ二重橋の前に立って、天皇陛下万歳! を叫びたい。」 太宰治「パンドラの匣」(昭和20年刊)より、 平成15年8月19日 |
| 新しい歴史教科書に賛成です。 幸か不幸か、愛媛県で全国に先駆けて、扶桑社の「新しい歴史教科書」が採択されました。 採択が初めて決まった2001年の県立の養護学校から2002年の中高一環高の採択決定まで、推進派、反対派の人々が激しい戦いを繰り広げてきました。それは今も続いています。 冒頭の文章を読んで頂いてすでにお気づきだと思いますが、私は扶桑社の歴史教科書の理念に賛成です。 昨年夏の採択決定の日の地方紙の取材では「宇和島市の自営業男性40代」として「賛成である」と意見を述べ新聞に載りました。 ここで一言申し上げておきたい事があります。推進派と反対派の多くの人にはある共通した思いがあるように感じます。それは「自分こそは正しくて、向こうは間違っている」と言う思いです。 例えばこれは私事ですが、「新しい歴史教科書」を読んだ時の方が「今、学校で使っている教科書」より気持ちが良いからです。ネットなどでも、推進派のHPを見たら楽しく勇気つけられ、反対派のHPを見ると辛い気持ちになります。 故に、「推進派こそが正しい」と思いたくなるのが人情ですが、おもいっきり無理をして(笑)この気持ちを棚上げして出きる限り反対派のお話を聞いたり読んだりして「本当に自分は正しいのか?」と問いかけたいと思っています。 |
| 私の意を呈した二人の政治家 政治家のみなさんは、自分の考えと違う意見をおもちの方が多くて、昔から腹の立つ思いをする事が多かったですが、この最近、胸のすくような感動をした出来事がありました。 その一つが、小泉首相の「靖国神社参拝」です。おそらく、国の内外からものすごい非難が予想された事でしょう。その予想通り既に皆さんご存知のように、先の大戦で侵略を受けたアジアの国々からはものすごい批判を受けました。 一国の首相が、かつて自国の戦争で命を落とした人の霊を弔う事を批判されるのはおそらく日本だけでしょう。諸外国の批判は「内政干渉」であるとは思いますが、話し合える余地のある内政干渉ならむしろ歓迎したいと思います。 もう一つが加戸守行知事の「扶桑社の歴史教科書がベスト」と言う発言です。 これもやはり、内外からの批判は充分予想されたことでしょう。並の勇気ではできない、教育に対して確固とした信念があってこその発言だと思います。続いて「県政の最重要課題」とは立派な見識です。もし、日和見で自己の利益だけを追求しようとする人ならば、教科書問題は避けて通ったはずでしょう。 教育委員の方々も、裁判に訴えられたりして大変だったと思います。改めて御苦労に敬意を表したいと思います。 平成15年8月20日 |
| 日の丸と君が代について むかしむかしの事ですが、私の新婚旅行は沖縄でした。何のイベントだったか忘れましたが同じ日に皇太子ご夫妻(今上の天皇皇后両陛下)が来ておられて偶然同じホテルになりました。 そのとき、ホテルに向かう沿道でご夫妻をお見送りしました。かなりの人が手を振って歓迎していました。 ただ、いつもと雰囲気が違うな・・と思っていましたがそうか!と気がつきました本土では当然のように見かける「日の丸の小旗」を誰も持っていないのです。 沖縄では戦争中唯一米軍が上陸した所です。県民を守るべき軍の主力は本土決戦に備えてよそに移され、沖縄県民は見捨てられた格好になりました。非戦闘員の戦死が軍人の戦死を上回ると言うかつて無い悲惨な状況になりました。昭和天皇は生涯沖縄の地を踏む事はありませんでした。沖縄の方々がよそよりも強く日の丸、君が代に反対する気持ちに対し私は何事も申し上げる事はできません。もちろん強制もできません。 ただ、日の丸や君が代が戦争を起こしたわけではありません。日の丸や君が代を無くしたら戦争はなくなるのでしょうか?日本の戦争責任を追及することもなくなるのでしょうか?否であります。槙枝議長(元総評議長、日教組組合長)も日の丸には反対していないと言いました(君が代はとんでもない!と言っておられましたが) 「君が代」は天皇賛美の歌だという声があります。そのとおりだと思います。しかし国民の総意により日本国及び日本国民統合の象徴である天皇を賛美する事は国及び国民を賛美する事であります。もし憲法を変えて天皇制を変えたのなら国歌も変わってしかるべきだと思います。 部落差別を描いた代表的な小説、住井すゑ先生の「橋のない川」では差別の裏返しとして天皇制の批判を随所でしておられます。明治天皇の吸殻を拾った人がそれを家宝にしたとか、もっと良いものを拾った人がある。それは天皇の簡易トイレにあった〇〇〇でこれは玉体を通ったものだから口をつけただけの吸殻より値打ちがある・・とか住井先生の子供の頃の子供の頃の大人たちの話が小説の序文で述懐してありました。住井先生のご批判通り、このような事がかつて日本中であったのならこれはどう考えてもおかしいですね。 数年前、広島のある校長先生が卒業式に日の丸掲揚君が代斉唱をするしないと、教育委員会やPTAその他の賛否両論の中で収拾できず自殺してしまいました。 愛媛県では比較的論争がないので、良い悪いは別にして校長先生は苦しい思いをしないのでそれだけでも愛媛県はよかったなと思います。 これも「正義を標榜し戦う人々」のの犠牲になられたのでしょうか、謹んでご冥福をお祈りしたいと思います。 オリンピックをはじめ各種行事で日の丸君が代は認められています。嫌いな人々には強制することはいけませんしその気持ちは尊重すべきですが、私は日の丸、君が代に賛成です。 蛇足ですが、日本国の刑法では他国の国旗を侮辱の意志を持って破損した場合は罰則が規定されています。 外国の旗もまた、尊敬と敬意の念を払いたいです。 平成15年8月21日 |
| 皇国史観と天皇制 まさか、天皇は神様の生まれ変わりとか、現人神だとか信じている人はほとんどいないと思いますし、政府も皇室もそのような思想は望んでないと思います。 天皇の地位は日本国憲法に定められた通りで宜しいかと思います。もちろん憲法は改正する事も可能ですしそのための規定も憲法にはあります。もし天皇制に反対される人がいたら憲法を改正すると言う論議を最初にすべきと考えます。護憲とは憲法を遵守する事はもちろんですが、機に臨み変に応じて改正する事も必要な事と思います。 さて、日本の神話ですがかつて「やたがらす」はサッカーチームのロゴで、草薙の剣はドラゴンクエストのアイテムだと思っていましたが、そうでない事が神話を読んで分かりました。また私の住む地名や神社の名前になっている「恵比寿」も決してビールの名前ではない事も・・「やたがらす」については「「地球交響曲4番」の監督、龍村仁氏が星野道夫氏の研究しようとした「ワタリガラス」の伝説との共通点があることを話しておられました。 幻想と真実の間にある神話は、いずれの国でもその人々の精神の中に生きているのではと思います。 次の天皇となるはずの皇太子殿下は、私と同じ歳です。母の話では私の生まれる予定日と殿下の誕生日は同じだったそうです。「皇室アルバム」などで時折紹介される同年齢の殿下のお姿を拝見して、子供ながらに着てるものから食べるもの全てに自分とは比較にならない境遇を見て公然と不満を口にした事があります。自分の家は一生懸命働いて貧乏な暮らし、それに引き換えこの人達は税金で贅沢な暮らしをしている。そのように映りました。 その気持ちも長じるに従い、少しづつ考えが変わってきました。冒頭の太宰の小説「パンドラの匣」を読んで自由思想の象徴として掲げたいと言う気持ちもありましたが、良く分かりません。 皇太子殿下も良縁に中々恵まれず、ご心配申し上げておりましたが雅子様と言う聡明で美しい女性と結婚され内親王も無事誕生され、慶賀の念に堪えません。 |
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| 童謡に歌われる古事記神話 大国(だいこく)さま | |
| 1 大きなふくろを かたにかけ 大国さまが 来かかると ここにいなばの 白うさぎ 皮をむかれて あかはだか |
2 大国さまは あわれがり 「きれいな水に 身をあらい がまのほわたに くるまれ」と よくよくおしえて やりました |
| 3 大国さまの いうとおり きれいな水に 身をあらい がまのほわたに くるまれば うさぎはもとの 白うさぎ |
4 大国さまは たれだろう 大国主大神(おおくにぬしの みこと)とて 国をひらきて 世の人を たすけなされた 神さまよ |
| (注)七福神の大黒天とは別の神様です。 平成15年8月22日 |
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| 愛国心と戦争責任について およそ、いずれの国民でも「愛国心」を持つのは常識です。ですから教育基本法の中に「愛国心」を盛り込んでもそれが悪い事とは思いません。むしろ今まで盛り込んでなかった事の方が不思議です。 私も、列強の植民地政策から逃れ、戦後の荒廃から立ちあがり、今日の繁栄を築いた日本人を誇りを持つように育てられた覚えがあります。その過程の中に「戦争」があったからといって全てを否定するのは間違いです。 無条件降伏をして東京裁判を受け入れ、その他数々の改革を連合国の言うままに受け入れてきました。そして講和条約を結んで、それ以外に何をしたらいいのでしょうか。日本の責任を許さないと言うのならば講和条約をどうして結んだのかと言うのが私の疑問です。 日本の行ってきた戦争は侵略戦争だと思います。「他国に乗り込んでその国民を殺戮した」侵略戦争の定義はそれで充分でしょう。戦争のほとんど全てが侵略であるというのが私の考えです。 先の敗戦から今日まで、日本は戦闘行為により他国民を1人も殺害していません。他国の主権を侵したことがあるでしょうか?武力で威嚇した事もないはずです。反省を言葉ではなく勇気と信念を持って国是としてきました。ODAなどで大赤字を抱えながら諸外国に援助してもしかすると国債が破綻して大インフレが起こる懸念を持ちながらも、黙々と悪意ある中傷に堪えながらがんばっている日本を、せめて同じ国民だけでも愛してあげてはどうでしょうか。 以上が私が扶桑社の「新しい歴史教科書」を支持する理由です。 平成15年8月24日 |
| 補足 戦争賛美と戦争容認について 新しい歴史教科書を学んだ子供達が、争いを好むような人間に育ったとしたら、私の考えは間違っていた事になります。 ただ、不思議に思うのはこの歴史教科書ができあがる前から「とんでもない教科書を作ろうとしている」と言う極めて根拠のない情報が出まわった事です。責任者の中に漫画家のこばやしよしのり氏がいます。氏はその代表作「ゴーマニズム宣言」で部落問題を扱ったことがありました。だれもが避けて通りたがるこの問題を正面から見据えたこの作品は部落差別に走りかけた私を引き戻してくれたと言ういきさつがありますのでわりと信用しています。 本当に本当の事は、実際にその教科書が採択され使われ、その子供達が成長してからでないと分かりません。 また、現在の教科書の方が良いと言うのなら現在の日本の状況に満足していると言う事でしょうか。「現状の日本を愛する子どもがいたとしたら、これはちょっとおかしい。だってこんなひどい国を愛しちゃっていいんですか」と西原氏は言われたそうですが、それならば現状の教科書を変えて見ようと思っても不思議ではないように思います。 私は、この教科書を使って教育された子供の方が愛国心を持ち、やさしくて戦争を起こさない人間に育つと信じているのでこの教科書を支持するということを申し上げておきたいと思っています。 平成15年8月25日 |
| 補足2 宇和島市の韓国交流 宇和島市ではずっと以前から、小学校児童の韓国との相互訪問が実施されていました。いつどのような経緯で始まったか知りませんが、実に有意義な事と思います。 それらに暗雲が漂ってきたのはそう、「新しい歴史教科書」が検定を合格したときでした。 韓国からのお客さんが来て各家庭にホームスティーしてお祭りにも参加する予定でしたが、全てキャンセルになりました。準備をしていた関係者、とりわけ韓国の友人を心待ちにしていた子供たちの心中は如何ばかりかと、今も心が痛みます。 この時、宇和島市のメーリングリストでも賛否両論ありました。修正要求を受け入れよう、内政干渉である。等々 私が思ったのは、こんなときこそ相互訪問してお互い話し合う良い機会だと思いましたが残念ながらそれは叶いませんでした。児童の安全も考慮してこちらからの訪問も中止になりました。中には高知県のように困難を克服して訪問し強い絆を結んだ所もありました。韓国のお母さんと日本の子供が別れを惜しんで空港で泣きながら抱き合っている写真を見てジ〜ンとしました。あの戦争さえなかったら、もっとも愛し合える友人であったはず、確かに元同業者の在日の友人とかつて差別や強制連行の事について色々と話しました。彼も私のことを、日本人の中で一番分かってくれている、話しやすいと言ってくれました。 失業したとき、遠くからその話を聞きつけ「仕事の困ったらいつでもおいで、今くらいの給料は貰えるようにしてあげるから」と言ってくれました。 私が教科書問題でこのような意見を持っていると知ったら彼はどう思うかと考えることがあります。 心の中にある何かが、ちくりと痛む瞬間です。 平成15年8月25日 |
| 補足3 戦争賛美とは思えない。 この教科書の市販本が出たとき、すぐに購入して前文から終りまで全て読みました。 そして何度も何度も読み返しています。しかしながら今も「人権より国権を重んじ、戦争できる国家をめざす」という風には思えません。もっと勉強したら違う解釈もできるかと教科書研究所や愛媛教科書裁判通信などを折をみて拝見しています。 愛媛では教科書をめぐって裁判が行われています。双方とも充分論議を尽くし一人でも多くの人が関心を持つことができるとしたら裁判をおこした意味は充分にあります。遠く韓国から証人として出廷された方のお話も虚心に伺いたいと思います。県側の弁護士さんには法廷での態度などで批判があるようです。是非改めていただきたいと思います。 愛媛の教科書裁判の行方はわかりません。また、採択されたのが一部の地域であり、経営的にも苦しいと言う話も伺いました。もし、裁判に負け愛媛からこの教科書がなくなり、またそれ以上に出版社の経営が成り立たなくなってしまったとしたらどうでしょうか?私はそれはそれで仕方がないと思います。国民の総意がそれを望むなら、それに従うのが民主主義だと思うからです。 うちの子供は「新しい歴史教科書」を使っていません。残念なことですがそれはそれで良いと思っています。 色々な方面から勉強し(勉強は嫌いみたいですが・笑)色々な考えを持つことは良い事だと思います。 「新しい歴史教科書」もすんなり受け入れられるより轟々とした非難を受けながら、良い方向に向かってくれたら幸いです。過去の歴史を見ても新しい動きはいつも迫害を受けます。それらによってうたかたのように消えて行くものもあれば歴史を動かす事もあります。真の評価は後世の人が下すでしょう。 平成15年8月26日 |
| 補足4 貧乏人は麦を食え注1 昔も今も、政治家さんの不用意な発言は後を立ちません。しかし下記の出来事は決して「不用意」であるとは言えない事例です。 中曽根内閣時代に「日韓併合は韓国側にもいくらかの責任がある」と月刊誌に意見を載せて罷免された文部大臣がいました。注2辞任を促す首相に、自分は悪い事はしてないので辞めるつもりはないと言って結局は罷免されました。国の内外特に外に対しての配慮だったと思います。(ちなみに閣僚の罷免はこの時で戦後3人目だそうです) おそらく、月刊誌に発表するときから罷免は覚悟していた事と思います。それらを通じて彼が政府や国民に何を訴えたかったかと今になって考える事があります。 元大臣の考えが正しいと言っているのではありません。祖国を併合されて喜んだり納得したりする人などいるはずはありません。ただ、外国の圧力に屈する形で国務大臣を罷免するのは間違っていると思います。外国の方も、正々堂々と歴史観について話し合うべきだったのではないかと思います。 大臣の間違いを論破した後にならそのときにこそ罷免を要求すべきです。すくなくともそれに足りる「歴史観」は諸外国は持っているはずです。罷免を要求するより、議論を挑んだ方がどれだけ友好に役立つ事でしょう。 いつも抗議や交流停止が先に立ち、肝心の「発言の内容は是か非か」という議論が全くと言っていいほど行われないのが不思議でなりません。 (注1 所得の少ない人は麦を食う、所得の多い人は米を食うというような、経済の原則に沿った方へもっていきたい。 1950年12月7日参議院予算委員会(9号)で木村禧八郎委員の質問に池田蔵相答弁 ) (注2 その文部大臣であった藤尾氏は、本年(平成18年)逝去されました。謹んでご冥福をお祈り申し上げます。) 平成15年8月28日 |